家族のつながりを再確認する – 映画「そして父になる」を観て

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ある日、突然、「実は、あなたの子は、あなたとは血の繋がってない他人の子です」と言われたら、どんな気持ちになるだろう?

ある意味、自分自身への死の宣告よりも衝撃的かもしれない。

自分の死は、タイミングは別として想定しているけど、子供が実は他人の子だなんて想像するはずもなく、暗闇でいきなりバットで殴られるようなものだ。

昨夜、子供たちを寝かしつけたあと、Amazonビデオで「そして父になる」という映画を観た。寝る前に何気なくAmazonビデオのラインナップを眺めていて、「これは今観たい」という直感に従った。

出産直後の病院で赤ちゃんを取り違える、という事故が起こってしまい、子供が6歳になった頃にその事実が発覚する。

これまで大切に育ててきた子供が、他人の子供だった。

その衝撃たるやすさまじいものだろう。何が起こっているか分からず混乱するかもしれない。

愛情を持って育んできたからこそのショック、密かに感じていた違和感への合点。

血のつながりを取るか、これまで築き上げてきたつながりを取るか、究極の選択。

苦悩の大きさは計り知れない。

私自身、生まれた病院で危うく取り違えられそうになった経験がある。沐浴へ行って母の元に帰ってきた赤ちゃんが別の子だったらしい。幸い、母が気づいたから事故は回避されたが、気づかなかったら映画のような人生を歩んでいたかもしれない。

我が家の子供たちを見ると、明らかに私たちの子供という顔をしているので、そのような事態は考えられないが、もし仮に1人だけ血のつながらない子供がいたとしたら、やはりどこか違和感を感じるのだろうか。ちょっとした違和感があるかもしれないし、人から似てないと言われることもありそうだ。

もし、そのような事態になっていた場合、私は「それまでのつながり」を大切にしたい、つまり、他人の子供だとしても今まで育ててきた子供を自分の子供としたい、と感じる。

逆に子供の立場で考えてみると、35歳の今、実は両親と血がつながってないと聞かされたとすると、大きな衝撃は受けるけど、やはりその両親こそが父と母だと考えると思う。

もちろん、そうなってない血のつながりがある現状からの想像なので、実際にその立場になったら大いに悩むし、違う判断をすることもあるだろう。

親の立場として、子供の立場として、胸を締め付けられる映画だった。

「親と子」をいつもと違う視点で見ることができ、親との関係、子供との関係で、見過ごしているものや大切にすべきものに気づかされ、「家族とは何か?」を深く考えさせられる時間となった。

子供が自分の目の前にいてくれること、ただそれだけで感謝してもしきれない。

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